†Orion†
気づけば、もう三十代。
仕事も順調で、かつて俺が慕っていた料理長と同じ肩書きを持った。
それでも心は、満たされない。
それどころか、折れそうになる心を必死に支えている毎日だった。
毎年、冬になると必ず眺めていたのは、天上の空に輝くオリオン座。
離れているけれど、優菜がいま見ているとは限らないけれど。
それでも、離れた場所で、同じ時間を共有しているのだと思った。
「……はい、どうぞ」
「えっ?」
「お母さんには内緒にしておくから」
言って、奈緒ちゃんが差し出したのは、真っ赤なチェックのハンカチ。
受け取って初めて、自分が今にも泣きそうになっているのに気づく。