おかえりなさい(更新停止)
"いつか"という言葉は、遠い将来に思いを馳せなければいけない義務だろうか。
初めからなかったことには……
……できやしないのだろうか。
「荷物、まとめたから」
「場所わかる?」
「友達の家の近所だから」
そんな場所に父が住んでたとは初耳だが
「残りの物はまた学校の帰りに寄ってチマチマ持ってく」
「そっか」
「まだ鍵持ってていい?」
「いいよ、そんなの全然。」
きっと名残惜しさや、ゆくゆくは感じるであろう郷愁。
そんなものに、この場所は……
「……さようなら。」
余所行きの綺麗な革靴をビニール袋に入れて持ち、先程まで履き潰していたスニーカーを履く。
必要な物だけを詰めた重たいリュックを背負った時、ふと思った。
もうここには帰らないのだと。
ただ一つの心残りを残さないためにも、俺はポストに手を掛ける。
滅多に届かない自分宛ての郵便物が紛れていないかの最終チェック。それは……
ほんの一瞬、この家を未練がましく立ち去る俺を垣間見せた。
見なくても分かっていた。
正月の年賀状ですら届かない歳になって、心待ちにしている物があれば別だが
ありもしないポストを開く気にはなれず、気休め程度に受け口を開けて覗いた……
「おかえりなさい。」
暗闇の中、二つ。
それは間違なく声を発した。