空と海の絵かき歌
「あと……もう一個」
出すか出すまいか迷ったけど、わたしは意を決してカバンから取り出したそれをじぃじに差し出した。
「……ぅむ」
わたしが差し出したのは、晴天愛用のじぃじとお揃いのスケッチブック。
その中はじぃじの隣で描いた、描きかけの風景で時間が止まっていた。
「じぃじっ。最近の晴天おかしいの。頼まれた立て看板用の模写とかデッサンの授業なら描くのに……スケッチブックには描かないんだよっ」
晴天の手で進んでいたスケッチブックの時間は、晴天の手で止められている。
海岸で海を見つめていた晴天の顔は張り詰めていて……まるで腕に抱えていたスケッチブックを拒んでいるようだった。
「海汐」
「なぁに?」
「描かんのじゃない……描けんのじゃ」
「えっ?」
描きかけのスケッチブックを見つめるじぃじの目が、ゆっくりとわたしを見上げる。
「晴天が描けんのはこれで二回目。……前は中学の時やった」
「えっ……」
初耳だった。
わたしがこの町に居なかった三年の間にも、同じことがあったなんて……。