サクラ

 間抜けな信号の音が止めば、彼は走り出す。
 私はハッとして同じ様に走り出した。

 彼は少し早めのスピードになっていたので、立ち漕ぎしながらなるべく視線を反らさずに追いかけるという、難度の高い技を強いられた。
 段々と足が辛くなっていくけれど、ここまで来たからには諦める気にはなれなくて。
 とにかく必死だった。

 何故か信号が無い道だったので、追いつく事が出来ずに何処へ向かうかも分からずに走っていた。

 段々、彼は後ろを振り返って私を気にする素振りを見せ始めた。

──ストーカーだと、思われていないだろうか。
 まあ、現状ストーカーな訳だが。

 再び信号が見えた時、私の目の前で運悪く点滅して赤信号になる。
 けれど、彼は止まる気配もなく、どんどん距離を伸ばして行った。


「……どうしていつもあんな意地悪なんだろ」

──いつも?

 自らの口から出た言葉に違和感を感じる。

 何故私は彼が意地悪だと知っている?
 今、初めて会ったというのに。

 頭がぐるぐると回り出した。

 信号が青を示す。
 私は進むのを躊躇った。

 確実に、このまま進めば私は辛い事に直面するだろう。
 きっとその事は知らなくても、私は変わらずに生きていける。
 だけど。

──だけど。

 私は意を決して足に力を入れる。

 私はきっと、それを知らなければいけない。
 目の前に彼が現れたのだから。


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