BE FREE,GO SOUTH
永遠の別れ
その時あいつが見た景色は、僕がいま見ている景色と同じだろうか。

あいつがはるか遠い空に舞った最期の場所から、

夕焼けに眩(まぶ)しく金色に染まる壮大な関東山地の山々と富士の秀峰が見えた。

「現場」にたむけられた花束や色鮮やかなメッセージの数々も、

あいつの存在の大きさに代えることは出来ない。

ただただ物悲しい。

白い棺の中の詩音の顔は、花祭壇に飾ってある見慣れた笑顔と違って、とっても苦しそうだった。

そうだ、あいつはついこの間まで、いつもこんな笑顔を僕たちに普通にしてたんだよな。

「一体、お前に何があったんだ。

何で相談してくれなかったんだ。

詩音、そばにいて話を聞いてやれなくて本当にごめん。

どうか、また僕達の近くに帰って生まれてこいよ‥」

焼香が終わっても、どうしてもあいつがこの世からいなくなったという実感が湧かず、

不思議と涙が出てこなかった。

ただ、喪服で気丈に振舞う詩音の母親の痩(や)せた姿があまりに痛々しかった。

出棺の時、愛(いとお)しそうにあいつの顔を、

そっと優しく包み込むように何度も撫(な)でている姿が胸に刺さった。

おなかを初めて蹴った至福から今日に至るまで、

詩音を育てた彼女の海のように深く、息子のすべてを包容する熱い思いが偲(しの)ばれた。

自分を裏切っても、母親は永遠に我が子をこれ程までにいとおしく思うものなのだ。

喪主の父親はショックと無念で虚(うつ)ろで無表情だった。

30年前は2人は若々しく愛と希望に溢れていて、

両親に、祖父母に、彼らの友達に、沢山の人に望まれて、君は聖なる産声をあげたのだろう。

初めて歩いた時、初めてママと口にした時‥

色褪せた育児日記には、君と君の家族の固い絆の記録が活き活きと綴(つづ)られているに違いない。

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