BE FREE,GO SOUTH

同性愛をめぐって

 90年代は同性愛をめぐる環境も変化していた。

同性愛者の人権団体の尽力で、同性愛を「異常」「変態」「倒錯(とうさく)」と書いてある辞典の記述が改訂されたり、

文部省の『生徒の問題行動に関する基礎資料』で同性愛を「性非行」としている部分が見直され削除された。

僕もそんな変革のうねりに突き動かされて、

本当の自分を取り戻すために勇気を振り絞って、

詩音にはもちろん、信頼しているサークルの仲間や両親に徐々にカムアウトしていった。

なあ詩音、あのときの君の戸惑いは、違う意味だったんだね。

両親にカムアウトした僕は、同性愛が治るかもしれないという淡い期待を持った哀れな父親のなすがままに、

精神科医に連れて行かれた。

その日は突き抜ける青く澄んだ空が、かえって痛々しく、年老いた父の頭上に輝いていた。

僕は深呼吸をして、同性愛で悩んでいることを精神科医に伝えると、

表情がみるみる変わり、畏怖(いふ)と驚愕(きょうがく)を必死に押さえているのが手にとるようにわかった。

彼は「女性の多い職場に行けば同性愛は治るかもしれません。

あなたのような真面目な人は新宿2丁目なんかには絶対行かないようにした方がいいですよ」といって、

父に息子を攻めないように諭(さと)した。

日本の精神医学の後進性とあまりの無知に僕は呆(あき)れ絶望した。

1993年のWHO(世界保健機関)の『国際疾病(しっぺい)分類第10版』で、

「性的指向それ自体としてはいかなる意味でも障害とはみなされない」とのガイドラインに追随して、

日本精神神経学界が同性愛を「治療の対象としない」としたのは1995年だった。
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