BE FREE,GO SOUTH
押し潰される日常
詩音と知り合ったのは大学のサークルだった。

卒業後、相変わらず政官財の癒着(ゆちゃく)と腐敗の報道が絶えない中で、

僕達は多くの入省した若者と同様、変革の大志を抱いて省庁に就職した。

でも、惰弱(だじゃく)な僕の夢はすぐに色褪(あ)せ、

毎日深夜に及ぶ残業と押し潰されそうな閉塞感の中で、

僕の心はくすんで澱(よど)み、じわじわと侵されて壊れていった。

僕と詩音が就職した省庁は異なっていたけれども、ランチをたまに一緒に食べると、

詩音はいつも溌剌(はつらつ)としていて陰りなど全く無かった。

そんな詩音は僕の憧(あこが)れだった。

似たような職場のはずなのに、詩音はいつも光り輝いていて、

僕とはまるで別世界にいるようだった。

「なあ、お前どんな女性がタイプなんだ。

お前もアラフォーなんだから、いい加減に結婚しろよ。

銀行のかわいいピチピチした女の子と合コンをセッテイングしてやるからさ」

下卑(げび)た課長の好意は見え透いている。

ただ僕を魚にして若い子と楽しく飲みたいだけなのだ。

「僕は飽きっぽいんですよね。

紹介して頂いてもその人を不幸にしてしまいますし、課長の顔を潰(つぶ)してしまいますから。

独身貴族の方がお気楽で自分にあっているんですよ。」

といつものようにかわして、早く片づけなくてはいけない仕事に没頭するふりをした。

合コンにいく時間があるなら、少しでも休んで寝ていたい。

終電はとっくに終わり、夜中の3時前にようやく仕事に一区切りがついて、

庁舎の前に列をなしているタクシーに乗る。

生前、詩音が最期に働いていた省庁の部署はまだ明かりがついていた。

「早いなあ、もうあれから8年か‥」

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