紅き天
静乃は震えて動けなかった。
仕事を無事終えた、帰り道のこと。
疾風のことを考えてボーッとしていたのが命取りだった。
いきなり物陰へ引きずり込まれ、壁に押し付けられた。
反撃しようと振り返って目に飛び込んできたのは
家光だったのだ。
あの日、両親に追い返されてそれっきりで切れたと思っていたのに、まさかこんなところで会うとは。
「久しぶりだな、狐。」
久し振りに聞く、狐という呼び名。
それが瞬時にすべてを思い出させた。
「あの時、私の城へ来ていたらこんなことにはならなかったものを、憐れな。」
何をされるのか。
静乃は無意識に壁に出来るだけ体を寄せた。
運悪く、ここはまともな人間なら立ち入らない地区。
逆に見つかればきっと家光を手伝いはしても助けてはくれない。
ただただ震えているしかなかった。
「眠れ。」
いきなり飛び掛かってきた家光に驚き、悲鳴を上げて逃げるも、襟首を捕まれ敢えなく引き戻された。
そして口に薬品をしみ込ませた布を押し付けられる。
薄れゆく意識の中で、眠れとはこのことかと今更ながら理解した。