パリの恋
小夜は父親と二人で暮らしていた。母親は小夜が小さい時に家を出ていき、消息不明だった。

小夜が大学に入ってすぐ、小夜の父が勤めていた会社が大規模なリストラを行い、小夜の父は急遽職を失った。

社宅も追い出され、ドラマに出てきそうな古いアパートで暮らし始めた。大学も1年通うことなく退学した。

父の歳で再就職は難しかった。せっかく見つけた掃除やスーパーの仕事も、大手企業に勤めていた父のちっぽけなプライドが邪魔し、長く続かなかった。
財産を株や先物取引に費やし、借金だけが増えていった。
当然、そのしわ寄せが小夜にやってくる。

小夜は小さな運送会社の事務員として働き始め、少ない給料をもらいながら借金返済に追われる生活だった。
それでもまた父親は借金をしてくる。
その繰り返しだった。

そんな父を見かねて、昔からの友人の女性が仕事を斡旋し、事務仕事に就かせてくれた。それから父はギャンブルを止め、借金もしなくなった。アパートを出て、普通のマンションに引っ越すこともできた。
二人で力を合わせて借金も全て返したのだという。

「借金もなくなって、父もその女性と再婚したの。・・・私、やっと解放されて、なんだか気が抜けちゃって・・・。それまで、ずっと何かに縛られているように生きてきたから・・・」
「それで、今度は自分のために生きようと思ったんだね?」

うんと小夜は頷いた。

「うちにね、『夜のカフェテラス』のポスターがあったの。ちゃんと額縁に入って。父は言わなかったけど、母が好きな絵だったみたい。
古いアパートにもそれは持っていった。もうね、ぼろぼろのアパートだから、あの絵がすごく鮮やかに見えた。そこだけまるで別世界なのね。カフェのオレンジ色が眩しくて・・・。でも、その時はそこに行きたいとは思ってなかった」

ロイが小夜のグラスにワインを注いだ。ありがとうと小さく言って、代わりにチーズをフォークに刺してロイに渡した。
< 17 / 41 >

この作品をシェア

pagetop