パリの恋
「はい。あの・・・なんて言えばいいのかな。・・・’電車の乗り放題券’です」
ああ、とロイは頷いた。

「じゃあ、これからそのパスを使って、電車で空港へ向かうのですね?」
ロイは駅の方向を教えてあげようと思って聞いたのだが、返ってきたのは予想外な答えだった。

「いいえ、これからアルルに行くんです」
女性ははっきりとした口調で答えた。
「アルル?」
「はい」
「・・・そのパスはTGVも乗り放題なの?」

TGVとはフランスの誇る高速鉄道のことだ。日本でいう新幹線である。
アルルはフランスのプロヴァンス地方に位置する。パリからずっと南だ。
TGVか飛行機で行かないのなら、かなり時間がかかるだろう。
女性はハッとしてガイドブックらしきものを慌てて読み始めた。

「TGVは・・・・別料金が必要です・・・」
そう日本語で言うと、黙ってしまった。

ロイはその様子で察し、もう一度尋ねた。
「良かったら・・・少しお渡ししましょうか?」

失礼かと思ったが、それが一番親切な気がしたのだ。
女性は、悲しそうな顔で笑い、首を振った。
「いいえ、とんでもないです。アルルにはTGVを使わなくても行けますよね?時間はかかるかもしれないけど」

ロイは不思議に思った。
パスポートを失い、現金もないというのに、どうしてそこまでしてアルルに行きたいのか・・・。

女性をじっと見つめる。黒く長い髪に、黒く大きな目。前髪が目の上で揃えられていて、幼く見える。

ただでさえ日本人は幼く見えるが、それを踏まえても10代にしか見えない。茶色い皮製の大きな鞄をかかえ、紺色のあまり暖かそうではないコート、細身のジーンズにスニーカーといった服装だった。おそらく学生だろうとロイは思った。

今からTGVを使わずにアルルに行くのは無理だろう。パリで泊るか、途中の駅で泊まるかだ。しかし、3ユーロではホテルに泊まることもできない。野宿?とんでもない。日本人の女性が1人で野宿などして、何が起こるかわかったものではない。

ロイが現金を渡そうとしてもきっと受け取らないであろう。
かといってこのままほっておくことはロイにはできなかった。

ロイは思い切って言った。
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