パリの恋
ロイは名刺を取り出し、先ほどの運転手とは違った、気難しそうな運転手に渡した。
運転手は運転しながらチラリと名刺を見て、驚きの声を上げた。

「ウォルター!?」

名刺にはウォルター家の紋章が印刷してある。
ロイは頷いて英語で運転手に言った。

「あなたが私の身元を保証してくれると助かります」

運転手は英語を話せるようで、頷いてバックミラーで後ろをチラリと見て言った。

「お嬢さん、ウォルター家を知らないの?ウォルターって言ったら、この老いぼれじじいでも知ってるイギリスの資産家だ。世界長者番付(billionaires)でも名前が挙がるよ。本当に知らないの?この人と一緒にいて金のことを気にするなんて野暮ってもんさ」

ロイは『billionaires』まで言わなくてもいいと思った。確かに少し前まではそんなこともあったが、現在のウォルター家はそこまで勢いがない。しかし、女性は運転手の英語を半分も理解していないようだった。フランス訛りの英語に慣れていれば問題ないのだが。
それでも女性はなんとなくロイの素性を理解したみたいだった。


「あの・・・あなたみたいな方がなぜ・・・」

女性はまだ困惑の表情のままロイを見つめた。
ロイが再び気にするなと言う前に、タクシーはリヨン駅に到着した。ロイはお礼にチップを多めに渡した。運転手がウィンクして『ボン・ヴォヤージュ』と言った。気難しそうだったが、案外人が良いのかも知れない。
ロイは急いで駅の窓口でTGVの時刻を尋ねる。まだ間に合うようだ。

ロイは予想外に自分がわくわくしていることに気がついた。
TGVに乗ったことがなかった。フランスに来たらほとんどパリで過ごすし、南仏といえばニースに行ったことがあるが、ニースにも飛行機で行くからだ。
1等の席を二人分取る。
女性はあたふたとしてロイの後に続く。

「お腹すいてる?」
「え?いいえ、あの」

ロイは聞いておきながら、無視して駅構内のサンドウィッチ屋に寄った。
ツナのサンドウィッチとハムとチーズのサンドウィッチを買い、コーヒーも二つ買った。
ホームに移動すると、二人が乗るTGVがちょうど滑り込んできたところだった。
なんだか少年の頃に戻ったようにわくわくしてロイは微笑んだ。

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