パリの恋

TGVが走り出す。ロイは外を眺めた。日が暮れたパリの町並みが見える。

「それにしても、パスポートもお金も失くして災難だったね」
「本当に・・・。昨日、パリに着いたばかりで、今日の昼に失くしていたの」
「昨日?じゃあ、全く観光していないじゃないか」

小夜はため息をついた。

「疲れてたのか、メトロでうとうとしてたら、首からさげてた小さいバッグがなくて・・・。私って、ほんとうに駄目ね・・・。」

最後は日本語で呟くように言っていたが、落ち込んでいるのはわかった。

「・・・なぜアルルに行きたいの?」

ロイの質問に小夜は言おうかどうかためらっているようだった。小夜はコーヒーをゆっくりと口にした。

「・・・『夜のカフェテラス』(Le Cafe de soir)って知ってる?」
「ゴッホの?」

アルルといえばゴッホだ。Le Cafe de soirといえばすぐにわかった。
暗い、夜のアルルの街に、カフェテラスの灯りが輝く。
星が瞬く深く青い夜空と、オレンジ色のテラスの灯りのコントラストが見事な絵を頭に思い浮かべた。

うんと小夜は頷いた。

「あの絵が描かれた場所に行きたくて」
「君は、画家なの?」

小夜は照れて首を横に振った。

「そんなんじゃないの。全然絵のセンスもないし、絵の知識があるわけでもないの。ただ、ずっと小さい頃からあの絵を目にしていて・・・いつか見に行きたいって思ってたから・・・」

小夜は少し悲しそうに、何かを思い出すように言った。
ロイはそんな小夜の横顔を見つめた。

(同じ日本人でも、由加子と比べると、なんていうか・・・)
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