【短編】しろ犬のしっぽ ~幾多の時間(トキ)を経て~
第一章
正午の日差しが、白銀の世界を光らせる。

五歳の冬。

正月の雪で、散々、雪合戦を楽しんだ後、縁側で、目を細めて見ていた祖父に、帰りの挨拶をした。

「おじいちゃん、バイバイ。また来るね」

「うん。来んさいよ。いつね?」

祖父の、決まっていつもの言葉。

「うーん…、わからん…」

「わからんかぁ」

「ううん、わかる。来年」

「来年?そんなに来んのかぁ。……来年は、じいちゃん、おるかのう」

祖父の遠い目。

幼い私は、意味がわからず。

「おじいちゃんは、おるよ。ここ、おじいちゃんの家やもん」

祖父は、目を細めて笑った。
涙目で。

「おじいちゃん、涙が出てるよ?悲しいの?どうしたの?」

悲しいとか寂しいとか、そういう時にだけ泣くのだと思っていた私は、その逆の笑っているのに涙が出ている祖父を見て、とても不思議だった。

「歳をとって、涙もろくなったのかのう」

祖父は、目を細めて、笑いながら、涙を拭った。

「涙もろくなる?」

幼い私は、考えた。

笑うは…
幼稚園でいつも歌う、『いろんな顔の歌』という歌を口づさむ。
そして、歌詞のとおりの表情をする。

笑った顔…うん、わかる。

怒るは…今度は怒った顔…うん、わかる。

泣き顔……涙が出るのを想像しながらの、悲しいというか、決して楽しくない顔になる。

祖父は、微笑んでいた。

幼い私は、『涙もろくなる』という意味がわからなかった。


一人でぶつぶつ歌いながら、いろんな顔をしながら考えている私を、祖父は、目を細めて見ていた。

トコトコと近寄ってきたものに気づき、祖父と私は、その方に目をやる。

真っ白な犬が、目の前に人なつっこくやって来た。

何も言ってないのに、おすわりをする。

「かわいい!」

幼い私は、声をあげた。
「かわいいのう」

祖父は、益々目を細めた。

「お腹がすいとるかい?何かやろうかのう」

祖父は、里芋を一欠片をあげた。

真っ白な犬は、それを一瞬見ただけで、食べなかった。

「ん?食べんのかい?そうかい、お利口さんじゃのう」

「お利口さん?」

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