【短編】しろ犬のしっぽ ~幾多の時間(トキ)を経て~
「そうじゃ。おすわりをしたから、何かほしいのかと思ったんじゃが、ものを貰いに来たんじゃなかったのう」

真っ白な犬は、祖父を見ながら、しっぽを振った。

祖父を見つめて、大きくしっぽを振っている犬を見て、祖父の言葉がわかったかの様に見えて、不思議だった。

真っ白な犬を、目を細めて見つめる。まるで、祖父は、その真っ白な犬と会話をしている様だった。


「おじいちゃん」

「うん?」

「来年は、ずっと遠いんだよね?」

「そうじゃのう」

「明日も来るね」

「そうか、明日も来るか」

祖父は、幼い私の頭をなでた。

「うん!」

「嬉しいのう」

祖父は、遠い目をした。
また、涙目になっているようだった。

「悠は、大きくなったら何になりたいかい?」

「うーん…野球選手!」

「おぉそうかい、大きな夢じゃ」

「うん!なったら見に来てね」

「そうじゃのう…」

祖父は、それから暫く、ずっと長いこと、山よりも遥か遠くを見る様な、遠い目をしていた。


そして、ぽつりと呟いた。


「今度は、白い犬になりたいのう」




「悠!」

「えっ何!?」

「何じゃないわよ!さっきから呼んでるのに!」

目の前に、母がいた。

「もう!早く夕飯済ませてよ。片付かないんだから!」

母は、ぶつぶつ言いながら、階段を降りて行った。

ふと見ると、白い子犬が、私の足元にいた。

「あ、そっか」

白い子犬を見て、昔を思い出していたのだ。

遠い、遠い昔


いや、そんなに遠くはないな。


私は今、大学に通う二十歳。

五歳の頃の思い出だから、十五年前。

第二次世界対戦という悲惨な戦争が終わってから、八年が経った頃の話。

「早く降りて来なさい!」

「はーい」

下から声を張り上げる母に、慌てて返事をして、私は、階段を駆け降りて行った。
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