【短編】しろ犬のしっぽ ~幾多の時間(トキ)を経て~
― 無理なんて
しなくていいのに ―…


「あっそうそうっ悠さんっ」


「ん?」


「宗一郎さんがね、
今夜の零時に帰ってきます、って」


「え?」


「ていう、
夢を見たの」


「あ…夢…」


「そう。

夢の中で、

想い出の
牡丹の花咲く川のほとりで、
私の目の前に現れて、
帰ってきます、
って言うのよ。
もう目の前にいるのにね。
さすが、夢だわね」


希毬は、
笑っていた。


どうして笑って言えるの…


二度と逢えない人…

夢に出てきて、
返って、
切なかっただろうに


どうして…

そんなに微笑む…



「夢じゃないよ…」


「え、…?」


「それは、正夢さ」


思わず呟いた私を見ながら、
希毬は、きょとんとしている。


いつも微笑んでいた希毬を考えると、
私は、
居ても立ってもいられずに、
思いの丈を言った。


「希毬さん…
…いつも微笑んで…

泣きたいときもあったろう…

無理しなくていいよ!
何でもない顔なんてしなくていい!

一人で泣いて、
目を真っ赤に腫らして。
そんなになるくらいの想いを、
泣き声を堪えて、
一人で抱えなくていい。

泣きたいときは、
泣けばいい。

御国のために戦った勇士…

後の日本があったとしても、
希毬さん、
『貴方が居なくなって辛い』
『貴方に逢えなくて悲しい』
って、
泣き叫んでいいんだよ!」


力を込めた私の顔を、
希毬は、
じっと見つめていた。


「悠…さん」



「希毬さん、行こう」


「え?」


「今夜の零時
宗一郎さんを迎えに」

真っ直ぐに言った私を、
希毬は、

目を丸くして
じっと見つめていた…

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