pp―the piano players―
「私たちのピアニストはゆっくり話せたかしらね」
ニーナが言った。ザビーナの温かい音楽が続いている。
「ヨシ・シラミネに会いに行くんだって言ったら、フォルカーではなくて、ゲオルクが来ちゃうわよ。なぜ、日本でこんなに白峰美鈴の知名度が低いのか分からないわ」
「彼女自身が望んだんだろう。ピアニストではなくて、ピアノの先生でいること」
早紀の話によれば、そういうことだ。
ニーナは髪をかき上げた。
「私、小さい頃にヨシ・シラミネのコンチェルトを見たのよ。ラフマニノフの2番」
ピアノ協奏曲の中ではトップクラスの有名曲だ。
「音楽にも圧倒されたけど、何よりあの黒髪を覚えているの。友達や街で見かける黒髪とは全く違う、美しい黒髪。Schneewittchen……白雪姫の髪だと思ったほどよ。華やかな音楽では舞うように、静かな音楽では漂うように、彼女の髪が動くの。最終楽章に入ると、もう表情は髪に隠れて見えない。最後の細かいパッセージは昇りあがって、細い腕が鍵盤から離れて、ホールは一瞬の静けさ。ふう、とヨシ・シラミネの吐息が確かに聞こえたわ。そして、私たちは息をすることと拍手を贈ることを思い出した」
「よく覚えているね」
素直に感心する。僕が早紀と聴いた演奏を、ここまで熱を持って話せるかは自信が無い。
「今ならもっと別の表現をするけど、うっとりしたわ。そうそう、これは大人になってから知ったのよ、ヨシ・シラミネのことで」
声が高過ぎたのか、観客の最後列(立ち見をしている、患者の家族だ)が口の前に人差し指を当ててこちらを見た。僕は一つ頭を下げる。
「『ピアノに憑かれた魔女』と呼ばれていたのよ、その頃」
ニーナは声を潜めた。
「私はずっと白雪姫だと思っていたのに、魔女だったのよ。おかしいでしょ?」
ニーナが言った。ザビーナの温かい音楽が続いている。
「ヨシ・シラミネに会いに行くんだって言ったら、フォルカーではなくて、ゲオルクが来ちゃうわよ。なぜ、日本でこんなに白峰美鈴の知名度が低いのか分からないわ」
「彼女自身が望んだんだろう。ピアニストではなくて、ピアノの先生でいること」
早紀の話によれば、そういうことだ。
ニーナは髪をかき上げた。
「私、小さい頃にヨシ・シラミネのコンチェルトを見たのよ。ラフマニノフの2番」
ピアノ協奏曲の中ではトップクラスの有名曲だ。
「音楽にも圧倒されたけど、何よりあの黒髪を覚えているの。友達や街で見かける黒髪とは全く違う、美しい黒髪。Schneewittchen……白雪姫の髪だと思ったほどよ。華やかな音楽では舞うように、静かな音楽では漂うように、彼女の髪が動くの。最終楽章に入ると、もう表情は髪に隠れて見えない。最後の細かいパッセージは昇りあがって、細い腕が鍵盤から離れて、ホールは一瞬の静けさ。ふう、とヨシ・シラミネの吐息が確かに聞こえたわ。そして、私たちは息をすることと拍手を贈ることを思い出した」
「よく覚えているね」
素直に感心する。僕が早紀と聴いた演奏を、ここまで熱を持って話せるかは自信が無い。
「今ならもっと別の表現をするけど、うっとりしたわ。そうそう、これは大人になってから知ったのよ、ヨシ・シラミネのことで」
声が高過ぎたのか、観客の最後列(立ち見をしている、患者の家族だ)が口の前に人差し指を当ててこちらを見た。僕は一つ頭を下げる。
「『ピアノに憑かれた魔女』と呼ばれていたのよ、その頃」
ニーナは声を潜めた。
「私はずっと白雪姫だと思っていたのに、魔女だったのよ。おかしいでしょ?」