pp―the piano players―
 また、だ。
 さっきは帰ろうと言い、今は圭太郎のところへ行こうと言っている。葛藤を自分の中にためて、揺れている。
 圭太郎より大切な存在でなくてもいいと言った、あの時の自分を恨みはしない。その言葉を越えようと早紀との日々を積み重ねてきた。僕は、君が愛おしくてたまらない。

 早紀は振り返り、僕の手を取った。
 口を結び、僕の手を引いて階段を登る。
 先ほど出たばかりの扉の前で止まる。僕が開けようとすると、早紀は振り切るようにドアノブを掴み、力を込めて開いた。

「圭太郎君」

 その声に、圭太郎は反応した。
 ゆっくりと首を回し、こちらを見た。睨みつけるような黒い双眸から、顔の凹凸に沿って二筋流れ落ちるものがあった。 
 
「圭太郎」
 僕もその名を呼ぶ。
 ピアノの上に肢体を伸ばすピアニストは今、何を考えているのか。
 
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