pp―the piano players―
「早紀、俺に」
 圭太郎は口を開いた。低い声で、一つ一つ確かめるように言う。

「弾く理由をくれないか」

 ピアノを弾く理由。
「早紀がいるからピアノを弾くんだって、そう言わせてくれないか」

 覚えず握っていた拳に力を込めていた。掌に爪がくい込む痛みに、はっと我に返る。これは圭太郎から早紀への、なんという告白。求婚にも似た。

 早紀は、目をかっと見開いている。瞬きをすることも、息をすることすら忘れてしまったかのように。

 圭太郎の双眸は、真っ直ぐに早紀を見ていた。
 早紀を理由にするのは自分の弱さだったと、ドイツに行った直後の手紙に書いていた。それなのに、また早紀を理由にしようとしている。その矛盾を指摘すればいいのだろうか。
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