pp―the piano players―
 圭太郎は体を回転させて体を起こし、ピアノに腰掛けた。
「自分の居場所。言ってもな」
 黒い双眸は、暗く光る。返事は諾と踏んでいたのだろう、その期待を裏切られた故の光り方だ。怒りとは違う。
「どこに俺の居場所はある?」
 もがけばもがくほど体に絡みつく、粘り気のある糸を思った。それを置いたのも、それに絡むのも、どちらも圭太郎自身なのに。

「どこの馬の骨だか知れない俺の」

 ふっと自嘲し、そっとピアノから飛び降りた。
 きちんと椅子に座り、鍵盤の蓋を開ける。

 寂しい眼差しだ。
 ドイツのあのホールで見せた輝きも、学生のときに見た自信も、そこにはなかった。
 背筋は伸び、力を抜き自然に鍵盤の上にある両腕。筋張った大きな手はその白黒を捉え、圭太郎の脳が命じれば、長い指はあらゆる感情を自在に奏でられる――はずなのに。

 ピアニストは一度手を握った。そして広げ、ふう、と息を吐く。
 そして、あまりに速いワルツを弾き始めた。
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