pp―the piano players―
 痛烈に色が脳裏に浮かぶ。赤と黒と、とにかくどす黒いものが一気にうねり、回り、飲み込まれていく。あの、いつまでも浴びていたい心地よい雨はどこにもなかった。一刻も早く傘を広げ、あるいは先を争うように駆けて建物に入り、雨を受けた服はすべて脱ぎ捨て、燃やしてしまいたいような、嫌な雨だ。

 そのワルツが、ショパンのそれだと気付くのに少し間があった。いつかも聞いた、十番。速すぎて、足は縺れる。誰もが踊ることを拒む音楽。
 いや、元々踊るための音楽ではない。ショパンのワルツには舞踏のために作られたものと、彼の内面を表現するためのものとある。この曲を書いたとき、ショパンは十九歳だったという。音楽界にデビューしたものの、病弱な己の身を、その身の行く先を彼は常に案じていた。なんと不安に満ちた音楽。

 ただでさえこの曲に溢れている不安の中に、怒りと、悲しみと、寂しさと、そういった負の感情をこれでもかこれでもかと圭太郎は投げ入れる。息は上がり、苦しそうに眉を近づける。
 地面に打ち付ける雨は、濁流となって聴衆の足元を脅かす。
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