pp―the piano players―
 圭太郎をニーナに任せ、僕は早紀を追う。応接間のソファーに座っていた。隣に座る。
「早紀」
 涙は既に止まっていて、あとは息が落ち着くのを待つだけだ。

「ごめんね」
 何を、謝ることがあるのか。僕はゆっくりと首を振る。
「圭太郎君がずっと持っている、重い塊みたいなものなの。圭太郎君自身のこと」
 早紀はそっと三階をうかがった。奥のドアは開いている。圭太郎に聞こえてしまうのを憚るように、早紀は声を潜めた。

「ショパンを弾いていたでしょう?」
「ワルツの十番」
 僕の答えに、早紀は大きく頷いた。
「迷ったり、困ったりするときに、圭太郎君が弾くの。しかも、困惑が大きいほど荒々しい。だから、さっきのを聞いていたら、圭太郎君に何があったんだろうって思って……CDとか、じゃなくて」
 また涙ぐむ。
「酒井君」
 その目で僕を見上げる。茶色の虹彩の中に、自分の顔があるのがわかった。

「圭太郎君は、思うようにピアノが弾けていないんじゃない?」
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