pp―the piano players―
 古びた鉄の門も、滑らかに動く。その中に足を踏み入れるのに、躊躇いはなかった。もう、ここしか私の居場所はないのだ。
 彼からも、私は手放されてしまったのだから。

 錠前、と言うのがふさわしい鍵を開けて、重い扉を開く。誰もいないお化け屋敷のような、がらんどうとした家に、私はただいまを言った。


 荷物を置いて、家の中を歩き回る。戦前に作られたスタインウェイ、双子のベーゼンドルファー、重々しいベヒシュタイン。輸入ピアノの買い付けと卸売を商売としていた父が、仕事の傍らで収集したピアノ達だけが、寂しそうに取り残されている。
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