pp―the piano players―
 私を愛してくれた人に辛い思いをさせるのは、もう御免だ。だから私は、それ以上のお願いはしなかった。
 彼が私を抱きしめる。これで最後だ、と頭の中で声がした。座っていたソファーに、ゆっくりと寝かされる。彼は私の首筋に舌を這わせ、服の前を開けていく。


 ベートーベンのピアノソナタ第三十二番が「傑作」と呼ばれるのには訳がある。曲の構成、技法、そんなものを超越した、簡単な理由だ。
 つまり、最後のピアノソナタだから。彼が後何ヶ月でも長く生きていたら、その傑作を更に越える作品を書いていたに違いない。けれども、歴史をひっくり返すことは出来ない。
 最後のものは、どう足掻いても最期なのだ。昇り行くものを途中で断ち切ってしまえば、否応なしにそこが終点であり、最高点なのだ。
< 61 / 359 >

この作品をシェア

pagetop