pp―the piano players―



「いつ戻って来るんだい」
 彼は荷造りを進める私に問いた。私はそれに言葉で返事をすることが出来なかった。



 シュトライヒャーは彼の元に置いて来た。
 あの飴色のピアノはちょっとやそっとじゃ手に入らない。彼が私にそれをプレゼントしたのは、私が日本に行く様子が全くないのを見て、傍にいる価値があるからだと判断したからだろう。それを裏切るのは私だし、彼の財産として別の「原石」にも弾かせれば良い。

 私は幼い頃から弾いてきた、真っ黒なピアノの前に座る。埃が覆う鍵盤の蓋を開けると、傷ついた白黒の羅列が現れた。
 目を閉じて触れると、幼い日の思い出が溢れるように蘇る。

 鍵盤を押すと、ぎこちない抵抗がある。叩かれた音は、私の頭に浮かぶ音色とは比べ物にならないような酷い音。
 私はもう一度、家の中を回った。このスタインウェイも、ベーゼンドルファーも、プレイエルも、グロトリアンもベヒシュタインも……全て、酷い音をしていた。
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