時計塔の鬼
それに対して、今度は葉平が口を開いた。
「こいつ俺の友達なんだけど、わからねぇところがあるらしくて。今日は俺らの担当してる教師は出張でいなくてさー。沖田センセ教えてくれない?」
葉平は明らかに面白がって話しているけど、そんなことにいちいち反応は返さないように努める。
私はあくまで教師で、葉ちゃんは一生徒なのだから。
二人が担当違いの私を訪ねてきた事情には、なるほどね、と納得した。
こういうことはまあよくあるので対処できる。
「わかった。じゃあ二人とも廊下行こっか。あ、そこのイスに座って」
そうして、職員室前の質問用に設けられたスペースのパイプ椅子に二人を座らせ、私もその向いに椅子を引っ張って行き、腰を落ち着けた。
パイプ椅子はお尻が冷たくなるのであまり好きではないのだけれど、仕方ない。
「わからない所ってどこ?」
「あ、ここなんですけど……」
「あ、それはね……」
その男子生徒だけでなく、意外なことに葉平までもが、わからない所を全滅させる勢いで繰り出す、多くの矢継ぎ早やの質問に、私はチャイムが鳴るまでの間、ずっと付き合わされることになってしまった。
ああ、私のコーヒー……。
私ののんびりとした憩いの昼休み……。
明日はゆっくり食後のコーヒーが楽しめたらいいのだけれど。
しかし、私の願いは聞き入れられなかったらしい。
その日からほぼ毎日、職員室前の廊下のパイプ椅子は、生徒をそこへ座らせることとなった。
もちろん、出張していた先生は翌日にはちゃんと居た。
けれど――。
「えー沖田センセのがわかりやすいしー」
「葉平の言う通りですよー。僕らを見捨てないでくださいよー」
この言葉の前にあえなく、「じゃあ沖田先生、奴等をよろしくお願いします」と担当教師は立ち去ったので、私には引き受ける以外の道はなかった。
誰か、私のゆっくりのほほんとした昼休みを返してほしい。