時計塔の鬼


「で、本当にどうしたわけ? 歩美がここまでしつこいのも珍しいけど?」



普段とは違い、砕けた物言いの坂田君はちらと傍の歩美を見て、言った。

そう来たか。

坂田君の聞き上手は歩美も熟知してる。

歩美がまたビールを注文した。



「ん~……ちょっと困っててさ?」


「え? 何に? 俺らでよかったら……」

「夕枝、吐きなさいよぉ~!」

「…………」

「…………」



歩美が右手を振り上げた。

握られたビールジョッキが店の蛍光灯に照らされる。

キラキラと消えていく泡が、宝石かなにかのように、煌めいていた。

その煌めきを見て、歩美が探しに来るまでの不思議な体験を思い出した。

……あれは一体、何だったんだろう。



「……歩美は黙って聞いてろよな?」



坂田君が歩美に確認を取る声に、思考が現実に引き戻された。

歩美はコクンと静かに頷いている。

友達二人の様子に、口が滑ってもいいかな? と思ってしまう。



ビールの甘い酔いに、少しだけ。

身を楽にしたいと、思ってしまう。


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