時計塔の鬼
『なぜなのですか!? なぜあなたはそのように酷なことをおっしゃるのですか!?』
『おみき……』
俺たちは、宙から一組の言い争う男女を見下ろしていた。
激しく男を拒絶する女と、それでもなお女を口説こうとする男。
『わたくしはあなたのもとへ嫁ぐことはできませぬと、何度も申し上げたはずにございます! それでもなお、あなたさまはわたくしに嫁げと申されるのですか!?』
『……そうだ。どうか私のもとに来て欲しい、おみき……』
『嫌でございます! この腹の子のためにも、わたくしは生涯、亡くなられた旦那様に操を立てまする』
そう叫び、髪を綺麗に結い上げている女は、その大きな腹にそっと手を当てた。
そして、慈しむかのように腹を撫でる。
「もう、いいだろう」
そう言うと、ゲンは繋いでいた手を離した。
同時に、先ほどまでののどかな田園風景が再び目に入ってくる。
陽射の暑さは、少しだけ和らいでいた。
「……さっきのは誰だ?」
「おもとさんのお母上と、彼女に言い寄っていたどこぞのドラ息子だ」
「……彼女はそれからどうなったんだ?」
「女手一つでおもとさんをお育てになったよ。おみきさんはおもとさんが十の歳にお亡くなりになってしまわれたが…」
「……そうか」
ふぅ、と知らぬ間に溜め込んでいた息を吐き出した。