時計塔の鬼
一歩。
二歩。
ふいに、シュウが耳に唇を寄せて、あることを囁いた。
…………え?
一瞬フリーズしてしまった私の思考を余所にして、そして、三歩――。
「え……?」
ふいに、フッと肩を掴んでいたシュウの腕の感覚が消えた。
急いで隣を、そして後ろを見るものの、そこにシュウの姿は――。
「居ない……」
「え、シュウはどこ行ったん? さっきまでそこに居ったよな?」
「う、うん、さっきまでしっかり夕枝の肩を抱いてた……よね?」
「うち、見てたけど……シュウがその線越えて、こっちに一歩を踏み出した途端、消えたよ」
私の呆然とした呟きに応えるようにして覆いかぶさった、さくらさんと歩美とみかんちゃんの会話は、残念ながら私の耳には朧気にしか聞こえていなかった。
シュウは、どこに行った――?
出れるかもしれないと、言っていたのに。
少し、期待をしていた。
それが、ただ出れなかったのではなく、ぼんやりとした頭に流れ通って行ったみかんちゃんの言葉によれば、塔の外へ一歩踏み出せたのに、居なくなった。
シュウが、消えた。
それだけが、今、私の目の前に横たわる事実だった。