時計塔の鬼
「夕枝」
……幻だ。
幻聴だ。
そうでないのなら……彼が、ここにいるはずがない。
けれど――。
「……久しぶり」
それならば、この腕の温もりは何なのだろう。
彼の胸の鼓動は何なのだろう。
耳に降りかけられる熱い吐息は、抱きしめられる腕の痛みは、頬の温もりは、一体何なのだろう。
「シュウ……?」
「……会いたかった。遅くなって、ごめん」
ぺたぺたと彼の背中や肩、腕、頬に手を馳せる。
見覚えなんてトンとない、一目で高級品だとわかる手触りのスーツ。
黒く、磨かれているのがよくわかるような靴。
センスの良いネクタイ。
そして、少し年を重ねたことがわかる、けれども麗しい顔。
触れる。
触れられる。
居る。
シュウが、ここに居る。
「……いい。許す、から……。会いたかった、シュウ」
片言になってしまった私に向って、シュウは微笑んだ。
そして私も微笑み――、降ってくるキスを受け止めた。