キミノタメノアイノウタ
「瑠菜さんの生活態度は全く問題がありません。むしろ問題がないことのほうが問題ですね。なんて、アハハハ……」
(……どうしよう。空気が恐ろしく重い)
浅倉のなんとも言えない場違いすぎる明るい笑い声が教室に響き渡る。
父さんはピクリとも反応せず、いつものように口を堅く引き結んでいた。
教室にはエアコンなんて高尚なものはなく、私の背には暑さのせいだけとは思えない汗がダラダラと流れている。
そもそも父さんに当たり前の世間話や冗談が通じるとは思ってない。
最初から用件だけ簡潔に伝えてくれれば良いものを浅倉はそういった空気を読まず、緊張をほぐすための雑談を勝手に始めたのだ。
私は浅倉を見かねて助け舟を出した。
「先生、本題に早く入ってください…」
もう、この空気に耐えられそうにない。
「そっそうだな!!」
浅倉も重苦しい空気を打開する方法を模索していたのか、あっさり私に同意すると手元のファイルから進路に関する資料を取り出して、机の上に並べた。
「模試の結果も良好です。S大以外の国公立大大学も一般受験で充分狙えますね」
浅倉がようやく教師らしい口ぶりで話し始める。
私は横目でチラリと父さんを見た。
先ほどと寸分違わぬ堅い表情だった。