キミノタメノアイノウタ
頭を軽く振りながら、居間の畳の上に横たえられていた身体を起こす。
身体に異変はない。無意識のうちに喉を撫でる。
(この街に来て少しは良くなったかと思ったのに)
……やっぱり駄目だったか。
悔しくて歯ぎしりしそうになっていた俺を見て侑隆は呆れたような口調で言った。
「ホントお前ってバカ」
「うるせーよ」
「瑠菜が心配してたぞ。顔でも見せてやれよ」
侑隆はそう言うと立ち上がって、縁側の硝子戸を開けた。
……風が吹いている。少しだけ潮の匂いが混じっている。
寝ている間に、日はすっかり暮れていた。
月明かりが煌々と部屋を照らすその中で、俺は過ぎ去りし日を思い描いていた。
「久々に、ハルの夢を見たよ」
……独り言のように呟いたセリフに侑隆は気が付いただろうか。
侑隆は何も言わずに居間から出て行った。
……蝉がうるさいくらいに鳴いていた。