キミノタメノアイノウタ
遠くを見つめていた兄貴がようやく私の顔を見た。
兄貴の身体からふっと力が抜ける。
「俺にもわからない。リハーサルの最中にぶっ倒れた次の日にはもう歌えなくなってた」
兄貴は食べ終わった食器をまとめると、ゆっくりと椅子から腰をあげた。
「瑠菜、あいつから目を離すな」
そう言う兄貴にいつものふざけた様子はなかった。
「わかった」
私はゴクリと息を飲み込んだ。
またあんなことがあったらと思うと背筋がゾッとする。
あの時の恐怖を忘れてはいない。
兄貴は食器をシンクに片付けると、静かに自分の部屋に戻っていった。
ひとり残された私は、冷茶を勢いよく飲み干したのだった。