キミノタメノアイノウタ
1
私は突然の出来事に驚いて、バカみたいに立ち尽くすしかなかった。
「今日からしばらくこいつも一緒に住むから」
数年ぶりに再会した兄貴はさも当然と言わんばかりに、隣に立っていた男の背中を叩いた。
急に頭が痛くなってくる。
(帰ってきて早々、何を言い出すんだ、このバカ兄貴は……)
「ねえ、色々初耳なんだけど説明してくれない?」
バス停にいるから迎えに来いと言われ、このくそ暑い中自転車を漕いでやってきたというのに、兄貴は感謝するどころか余計に事態をややこしくした。
昔から自分勝手な男だったが故郷を離れたせいで更にひどくなったのだろうか。
「侑隆(ゆたか)、やっぱ俺帰るわ」
雲行きが怪しくなってきたのを察して、兄貴が連れてきた男がバス停に戻ろうとする。その背中に向かって兄貴がニヤニヤと笑いながら言い放つ。
「残念、今日はもう夕方までバスがないんだよ」
(……確信犯だ)
「兄貴、わかっててやったでしょ?」
「さあな」
連れはバス停の時刻表を確認し兄貴が言ったことが真実だと分かると、おずおずと元の位置に戻ってきた。
「まだ朝の8時だぜ?なんでバスが走ってないんだよ…」
心底呆れたように言う口調が妙な悲しみを誘う。
「田舎だから」
「田舎だから」
私と兄貴は異口同音に答えた。