キミノタメノアイノウタ
「あら、それは大変だったわね」
……そう思うなら早く帰ってきてくれれば良かったのに。
他人事のような言い草が恨めしい。ダイニングテーブルに突っ伏しながら、愚痴を零す。
「私、その場から逃げ出したかったよ」
「父さんも侑隆も頑固で意地っ張りだからね」
母さんは美味しく作ったわね、とパスタの感想を言うと呑気にお茶を啜った。
父さんに比べて、母さんはマイペース過ぎる。それとも、何十年と夫婦をしていると柔と剛のバランスが取れてくるのか。
「お父さんだってお客様がいる前でケンカしない分別はあるわよ」
「だったらもう少し眉間のシワを伸ばしてもらえると嬉しかったわ」
灯吾に対して無愛想で挨拶もしない。普通に考えたら失礼極まりないではないか。
その後も延々と夕飯での出来事を愚痴っていると、灯吾がヒョコリとダイニングルームに顔を出した。
「瑠菜、飲み物もらっても良いか?」
「良いよ」
私はそう言って椅子から立ち上がると、冷蔵庫の扉を開けた。
「あなたが灯吾くん?」
灯吾は母さんの存在にやっと気がついたようで、急に礼儀正しくなった。
「はじめまして。古河灯吾です」
「灯吾くんには感謝してるの。侑隆も灯吾くんがいなかったらこの町に帰ってこようなんて思わなかっただろうから」
思いがけない感謝の言葉に灯吾は首と手を同時に横に振った。
「いえいえ、しばらくお世話になります」
「何もないところだけどゆっくりしていってね」
「あ……はい……」
私は借りてきた猫のような灯吾と母さんの声をBGMに、コップに作り置きの冷茶を注いだ。