キミノタメノアイノウタ
真夜中の海はとても静かで、打ち寄せてくる波の音がよく聞こえた。
灯吾は砂浜へと続く階段を降りて行った。
(なんだ…海…か…)
私は見つからないように砂利道から灯吾の様子を窺った。ホッすると同時に何だかがっかりしている自分がいる。
何を期待していたんだろう。
灯吾を追いかけることで私の知らない、ここではないどこかへと連れて行ってもらえるような気がしていたのかもしれない。
そんな自分に馬鹿馬鹿しさを感じながら、真っ暗な海に背を向ける。
ここなら灯吾でも迷わずに直ぐに帰ってこられるだろう。
もと来た道を戻ろうと一歩踏み出した瞬間、私の耳が波音とは違う波長の音を拾った。
そのことに驚いて、踵を返す。
……声が。
聞こえる。
(一体、どこから?)
微かに聞こえるこの音は確かに一つの音を奏でていた。
耳を澄ませるとその音は確かに海岸から聞こえていた。
ブロックの上によじ登って海岸を見渡すと、私の目に信じられないものが飛び込んでくる。
それは両手を広げて歌っている。
……灯吾の姿だった。