キミノタメノアイノウタ
「じゃあな、瑠菜」
兄貴は玄関を出る前に私の頭を撫でた。
頬には痛々しくガーゼがついていて、笑うのが大変そうだった。
良い意味でも悪い意味でも兄貴は最後の最後まで“兄貴”であり続けた。
スポーツバッグを持って生まれ育った町を出ていく後ろ姿を私は追いかけなかった。
……いつからだろう。
私は兄貴の後ろをついていくことをやめた。
父さんにたしなめられたからなのか。
それとも思春期真っ只中になった兄貴に疎まれたからなのか。
とにかく、私は追いかけなかった。
結局、兄貴は自分の卒業式に出席することもなくこの町をひとりで出て行った。
春はまだ遠い、6年前の3月のことだった―…。