抱けないあの娘〜春〜



トイレからゆっくり出てきたさつきは、長い黒髪をなびかせ、きゅっと結んだ唇がかすかに震えている。縛られている手には幾つもの小さい傷があった。



僕は駆け寄り、縛られてる手をほどき、さつきを思いっきり抱きしめた。



よっぽど怖かったのか、体が硬直したままだったが、背中を優しく撫で、美しい黒髪もゆっくり撫でてあげていたらぺたんと座り込んでしまった。



「……うっ…うっ…咲哉ぁ…こ、怖かったよぉ…ひっく…助けて…くれて嬉しい…」



真珠のような涙をポロポロ流し、僕に抱きついて細い肩を震わせて泣いていた。



「さつき…もう大丈夫。僕がそばにいるから。怖かったろう?何もされてない?」



涙を堪えきれず抱きついたまま、静かに頷くのが精一杯のようだ。



何より…無事で良かった…


逃げた男達は、駆け付けた警察が黒いワゴン車を取り囲んでいたらしく、男達は敢えなく御用となったようだ。


諏訪キャプテンが戻ってきて、抱き合ってる僕らをものすごい複雑な表情で見つめていたが、



「菖汰…来てくれたの?ありがとう…」



「姉貴のピンチに高村だけじゃまだ頼りないからな!今日は助っ人だ。とにかく無事で良かった…」



顔を真っ赤にしてキャプテンは頭をガシガシ掻き乱していた。



「咲哉…可奈さんが中に…いるの。」



はいぃ!?



可奈!?何で!?



諏訪キャプテンがトイレの中を確認し、放心状態の可奈を抱き上げ連れてきた。



どうしてさつきと可奈が一緒にこんなことになってんだ!?



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