Thanks

【奈々 一緒に逃げよう？】
【明日の１０時 いつもの場所で待ってるから】

奈々は静かに頷いた。
それから何度もキスをして、何度も抱いて……

それが奈々の最後の姿だと予感していたかのように中々、離せなかった。


だから嘘は嫌い。
俺、雨の中で奈々が来るの待ってたんだ。

だって「うん」って頷いたから。
頷いて笑ったから。

だからずっと。
朝になるまで待ってたんだ……



『一久。 朝、里山といたろ？ 何かわけ有り？』

教室に戻ると友人達が集まってきて、すぐ近くに座った。

『わけなんてないけど…… 偶然会ったから』

家から持ってきた教科書を、机にしまいながら答える。

『ならいいけど。 あんま里山と付き合うなよ？』
『……は？』
『だって悪い噂多いじゃん、あいつ』

【ハルはいい奴だよ】

だって人気があるって。
素直ないい奴だって。

『大体、父親がホストで母親が風俗嬢ってのが痛いよなぁ』

ホスト？
風俗嬢？

聞き慣れない単語に一瞬、戸惑った後で頭の中を整理した。

それでもよく理解が出来ない。
ただ解ったのは俺なんかより複雑で、苦しんでるって事だけ……

『顔よし性格よし、スポーツ万能。 やっべーよなぁ。 絶対、演技してるって』

なぁ、笑っていいか？
そういうの「負け犬の遠吠え」って言うんだよ。

『くっだらねぇ。 そんな話、聞きたくねーし』
『え？ 何？』
『……』

俺、ハルと話したのは昨日が初めてだし。
どんな奴なのかも知らないし。

でも俺は、ハルと話すの嫌じゃなかった。
もっと知りたいと思った。



『あんなの、ただの噂なんだろ？』

俺が正面からハルに聞くと、ハルは相変わらずニコニコしていた。

『本当だけど何？ でも風俗嬢って情報は古いかなぁ。 今はスナックだし』

ただの噂だと思ったから本人に聞いたのに…
事実だったなんて……

ハルを傷つけたと、物凄く後悔だ。

『父親は俺が小さい頃に逃げたから顔もあんま覚えてないし。 母親も昼間は寝てるから会話ないし気楽だよ』

それなのにハルはあっけらかんと応える。

絶対に怒ると思ったのに……