Thanks
詩織は1人だった。
頼る人も何もなく、自分の力で生きてきた。

望まれない子。
詩織はそうやって隠れて生きてきたのだった。

だからだろう。
俺が詩織を隠す事に冷たい顔を見せたのは…



『あー、食った食った!』

詩織が化粧室へと席を外した隙に俺は会計を済まし、車へと向かった。

玄関前まで車を回したら詩織は驚くだろうな。
申し訳なさそうに俯くんだろう。
詩織が昔のままなら、きっとそうする。


『ありがとう。 そんなに気を使わなくていいのに…』

ほら、やっぱり。
昔とちっとも変わらない詩織を見ると、16歳と20歳のあの日に戻ったみたいで嬉しくなる。

『この後、どうする?』

でも少し大人びた詩織の顔が、現実へと俺を呼び戻した。

『佳晴くんはどうしたい? 私、あまり楽しい場所知らないから…』

そうだろうな。
詩織は影で生きてきた。
楽しい場所も可笑しい事も知らない。

『じゃあ俺のオススメの場所行こうや。 きっと詩織も気に入ると思うねん。』

ハンドルに頬を着け、笑いかける。
すると詩織も同じように首を傾けて笑った。

相変わらず口数の少ない彼女の精一杯の返事。
それが愛おしくて堪らなかった。
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