Thanks
忙しい時は、驚く程早く過ぎ去る。
気付けば、樹木はすっかり夏色に染まっていた。
『聞こえますか~?』
大きくなったお腹に唇を寄せ、返答の出来ない相手に問い掛ける。
世間では、夏休み間近。
詩織の出産まで一ヶ月をきっていた。
『名前決めなあかんなぁ』
夏生まれやから、夏樹?
それとも太陽とか?
つか、太一から漢字を貰ったみたいで何か嫌やな。
『ハル……って、どうかしら』
詩織は嬉しそうに笑顔を見せて言う。
『俺と同じ名前なん、紛らわしいで?』
それに春生まれじゃないし。
『そろそろハルくんの本名知りたいもの。 駄目?』
『へ?』
本名?
もしかして俺……
『本名言ってへんかったか?』
だから詩織は「ハルくん」と呼ぶのか?
『聞いた事ないもの。 何て名前なの?』
詩織はニッコリと笑い、優しく問い掛ける。
それが、下手に責められるより胸が痛む。
『清水佳晴。 正真正銘、本名やで?』
『佳晴、くんかぁ…… 素敵な名前』
『素敵って……何か照れるやんか』
『ふふっ、そうかしら』
初めて会った時から、不思議な女だと思った。
まるで作り物かと思うくらい、美麗な存在。
向こう側が見えてしまいそうな透明感。
『私は、里山詩織。 本名なのよ?』
そう思ったのは、一種の予感だったのかも知れない。
君が、俺の隣からいなくなる。
まるで、全てが夢だったかのように……