Thanks

初めてハルを抱いた日の事は、今でも忘れない。

世の中にこんなにも柔らかい物があるのかと驚いたものだ。
同時に、弱々しい姿に、涙が出そうになったんだよ……?






『どうしたの? そんなに慌てて……』

産婦人科に着いた俺に、詩織はケロッとした顔で言った。

『凄いのよ? たったの3時間で産まれちゃったの』

3時間って事は、俺が家を出た頃に破水したのか。

もっと早くメールを見てやれば良かった……

『そうだ。 赤ちゃんは?』

俺は、あるはずの姿がない事に気付き、辺りを見回す。

すると詩織はクスクスと笑って、自分にかけてあったタオルケットを少しめくる。

そこにあったんだ。

呼吸するのも大変そうな、小さな命が……

『小さいな……』

生まれたばかりの命は、俯せに詩織の上に乗せられ、母乳を得ようと手探りで胸を探していた。

『小さくないの。 身長も体重も平均よりあるんだから』

そう言って奴を庇う姿は、母親のようで……
本当に家族になったのだと実感した。

『2時間は体を起こせないの。 先に病室に……』

『いや、ここにいるよ』

自分が産んだわけでもないのに、こいつを見ていると気分がいいんだ。

徐々に父親になっていく自分。
何だか不思議やな……

『出産、大変やったろ?』

『うん。 促進剤ってものを使ったのよ? そしたら凄くお腹が痛くなってきて』

俺がいない間の事を話す詩織。

痛かったり苦しかったり……
そんな話を嬉しそうに語ってくれた。

本当に不思議だな。
詩織を見ていたら、自分を産んでくれた母親を、許せるような気がしたよ……
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