忘れ去られたもの
 ☆ ☆ ☆

 次に起きたら、眼前には仄白い天井があり、それが自宅の天井である事に気付くまで二分掛かった。そうして、Tシャツもブラも脱がされている事に更に一分掛かり、陵市が乳房の先を転がしている事に、もう三秒ばかり掛かった。ベッドの上で馬乗り。放っておくのもひとつの手かも知れないけれど、やっぱり、無理。

「……くすぐったいよお、ばか」

 わたしは、言うと同時に、陵市の頭へチョップ。 

「ずっ」

 陵市が変な声を出しながら、胸にもたれかかって頭を抱えたので、ちょっぴり遣りすぎたかも? と憐憫を感じたのは一瞬のこと、陵市はまだまだ懲りないらしく、「負けるか!」と言いながら決死の特攻、わたしは「えい!」先程の二倍増しくらいで渾身のチョップをお見舞いし、今度は音もなく、「大和散る」、みたいな情景でゆっくり胸の間に挟まった。

「……酷いよ有紗。俺が何をしたっていうの?」

 陵市は挟まったまま、もごもごと言う。

「いたずら?」

 わたしはそう返しながらも、陵市の吐息で胸の谷間に汗をかいたような気分になった。

「可愛いもんだよ、いたずらくらい」陵市は顔だけ上げて私を見、「なんで有紗、ここで寝ていたのか分かる?」

「……あ、そう言えば何でだろう?」甚だ疑問。「何で?」

「っもう。全部忘れちゃうんだから。『再会』で寝ちゃったんだよ? 有紗」

「え? また?」おかしいな、何も覚えていない。

「そう、大変だったよ、この細腕で十分強、スタスタスタスタ誰も居ない、首だけ曲げれば幸せそう、両手が塞がり煙草も吸えず、ああ虚しい、ああ、そうだ。これこそ虚無だ、虚無なのだ、なんて独り言言いながら帰ってきたんだからね? だから……」

「いたずら?」

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