有給休暇(たったの12p)
 目をつむる。なかなか寝付けない。

 今日、診療所で起こった飛びきりのクダラナイ出来事が、次々と脳裏に浮かび、思わず顔がニヤける。

 膝の悪いオバハンのダッシュに、受付争奪レース。溜り場になった待合室に、矛盾だらけの会話。膀胱炎のお嬢さんに、変なお医者さん。

「ウフフフ。あは、アハハ……」

 美和は笑っている。そして、そんな自分にも驚く。

 美和は居ても立ってもいられなくなり、布団から這い出し、フォトスタンドに手を伸ばした。

「ねぇ、悠真(ゆうま)。聞いてよ。今日私、笑えるようになったよ」

 悠真は二才年上の恋人だった。

「悠真の分まで笑うって決めたのに、私、笑い方、忘れちゃってたみたい。でも、もう大丈夫。こうやって悠真の事も誰かに話せると思う。笑い飛ばしてしまうかもしれないけど……、その時はごめんね」

 どう向き合ったらいいのか、どう生きて行けばいいのか、美和には分からなかった。

 ただ、誰にも触れられないよう、知られないよう、心の底でうずくまって生きてきた。

「いつの間にか、私の方が年上になっちゃったし……」

 二人で撮った最後の写真は、当然の如く笑顔だった。右下にプリントされたオレンジ色の日付が滲んでいる。

 悠真が倒れた朝も、確か微熱だと言っていた。どうして引き留めなかったのだろうと、美和が考えない日はなかった。


 ──二年は長い。美和を蝕(むしば)むには、充分な年月だった。


「もう、大丈夫。こんなに簡単な事だったのね」


「ピピピピピッ」

 その時、脇の辺りから電子音が聞こえた。

「あ、下がってる」

 36.4度。

 平熱だった。






─了─
 
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