「なぁんだ。やっぱり居ないじゃないかぁ」


 俺が犯人を縛っていた筈のそこには、何故か誰も居なかった。三塚さんは肩を落とし、がっくりと項垂れている。


「でも三塚巡査、捕まえたのは本当なんです。ほらここ、新聞紙で火を着けようとしてる跡が有るでしょ?」

「いや、おたくを疑ってる訳じゃ無いんだ。……でも一旦そんな目に遭ったら、おいそれと犯行に走らなくなる。つまり逮捕し辛くなるという訳でね」

「スイマセン。……でも、しっかり縛ったんだけどなぁ」


 俺はあれ程厳重に縛ったロープを犯人がほどいたとはどうしても考えられなかった。


「どこか暗がりに隠れてるかも知れませんよ? 探してみましょうよ」


 気乗りがしない感じの三塚さんにせっついていると、ようやく鴨下さんが息も絶え絶えにやって来た。


「やっぱり……走るのは……キツ……はぁっ、はぁっ」

「それがさぁ、またガセみたいでさ」

「やっぱり信用してないっ!」


 すると物陰から何かにぶつかったような音がした。


「しっ!」


 三塚さんは人差し指を口に当てたまま、注意深く各所を覗き込む。


「おっ! 居たぞ? こんなところに」


 犯人は積んである板と壁の間に出来た僅かな隙間に潜り込んでいたんだ。


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