「兄ちゃん、酒は飲まないんだったな。うちの倅もゲコでな、ビール一杯で茹で蛸みたいになっとった。それでもようやく晩酌に付き合わせられるようになったと思ったら……」


 そこで言葉を詰まらせて俯いた広瀬さんに、俺は思わずコップを差し出していた。


「俺にも一杯頂けますか?」

「なんだい兄ちゃん、付き合ってくれるのか?」

 俺は両手でコップを支えながら黙って頷いた。酒が体に合わない俺からすれば命懸けのチャレンジなのだが、そうせずにはいられなかったんだ。


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「はい出来ましたよ、アラッ? お兄ちゃんお酒飲めないんでしょうに、ちょっとホラお父さん駄目でしょ……」

「ゼェゼェ、イエ。俺が飲ませて欲しいって言ったんです。ゼェ、ゼェェ」


 案の定俺は、喉の粘膜がアルコールで充血して腫れ上がり、呼吸困難に陥っていた。しかし……。


「あら、お父さん寝ちゃってる。幸せそうな顔しちゃって、よっぽど嬉しかったんだわ」


 エプロンの裾で涙を拭く奥さんを見て、俺の努力も無駄ではなかったんだと知る。

 寝ている広瀬さんを横目に奥さんから作って頂いたご馳走を食べて『お袋の味』を充分堪能した俺は、そのあとかれこれ一年以上もご無沙汰だった湯槽に肩まで浸かって嘆息を吐いていた。


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