真四角の狭い湯槽に膝を抱えて浸かり、辺りを見回す。所々タイルが割れたりしているけど、隅々迄掃除の行き届いた清潔なお風呂だ。


『お兄ちゃん。息子ので悪いけど寝間着とバスタオル、ここに置いときますね』

「はぁぁい、有り難うございます」


 湯気にけむるサッシの向こう側に返事をする。こんなに温かな気持ちになったのはいつ以来だろう。

 身体を拭いて応接間に戻ると1人で広瀬さんが食事をしていた。


「お? 兄ちゃん。水もしたたるいい男になったな」


 目を細めて俺の寝間着姿を見ている。亡くなった息子さんとオーバーラップさせているのかも知れない。


「さっきは思いの外酒が回ってしまってな。話も聞いてやれなくてすまん」

「そんな! こんなにして頂いているのに、頭を上げて下さい」


 俺の心は充分過ぎる程に満たして貰った。頭を下げなきゃいけないのはこっちの方だ。

俺は広瀬さんの手を取って頭を上げて貰い、感謝の気持ちを何度も伝えた。


「ホントに嬉しかったんですから」

「何だか頭の下げ合いになっちまったな、はっははっは。また何か有ったら遠慮無く来てくれよ」


 いつもの高笑い。やっと普段の広瀬さんに戻ったみたいだ。

俺の心もフル充電。明日からまたニュー御殿の製作を頑張らねば。


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