図書館で会いましょう
「でも北澤晃って名前が出るとやっぱり手に取ってくれる人がいるからさ。今回頼んだの。」
真理子はふと外を見ながら言う。由美はじっと正面を見つめていた。
「でも何でそんなに売れてたのに閉めちゃったのかな?」
「それがわからないの。いきなりだったからね。彼、向こうにいる時もあまり素性がわからないと言うか…プライベートが謎なんだよね。」
真理子はグラスの縁を指でなぞる。
「ふぅん…」
由美は一つため息をついてワインを飲んだ。そしてグラスを置き、また一つため息をつく。自分にはわからない世界だな、そんな気持ちがため息となって出ていた。
「でも…由美、何で彼のこと気になったの?」
昼間から抱いていた疑問だった。
「あのね…」
由美はこの前の休みの出来事を真理子に話した。池のこと、北澤が絵を描いてたこと、全てを話した。そしてその絵の素晴らしさに思わず感動したことを話した。
「そうなの。彼に由美のことを聞いたんだけど『別に』って言われちゃってさ。」
「まぁたわいもないことだよ。」
由美は微笑みながら言った。
「でも由美が男の人のことを話すのって誠司くんのこと以来だね。」
真理子は少し酔っているのか頬が少し赤くなっている。由美は『誠司』という言葉に少しうつむいた。
「そうかな…」
心なしか声のトーンも落ちていた。
「ごめん。そんなつもりじゃなかったんだけどね。」
真理子は由美の表情を見て取り繕うように言った。
「でもさ、由美。今のあなたを見ると誠司くんも心配だと思うよ。」
真理子の言葉にしばらく黙っていた。一息置き、暗くなった外を見ながら少し背筋を伸ばした。
「わかってるんだけどね…でもやっぱり誠司のことを受け入れられないの。」
今度は真理子が黙ってしまう。由美の表情が苦しんでいるようにしか見えない。それが真理子には辛かった。
「由美…」
辛うじて出せた言葉がこれだけだった。
「真理子や浩平くんがいるから今の私がいるんだと思ってるし、それは凄く感謝してるよ。でも…最後の一歩がね。」
「他の人じゃダメ?」
真理子の問いかけに由美は静かに頷く。
「やっぱり誠司くんと比べちゃうの?」
やはり静かに頷く。
「そっか…」
真理子はワインを飲み干した。由美は申し訳ないと思いつつも今のが正直な気持ちだった。
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