図書館で会いましょう
館長は本をじっくりと見る。由美も改めてそれを見た。その本は風景の写真集だった。作者名は聞いたこともないようなカメラマンだった。
「遠山さん。蔵書にするんだったらお譲りしてあげてください。」
「えっ?」
由美は館長の言葉に耳を疑った。図書館の本を譲るなど聞いたことがない。
「本当に…いいんですか?」
北澤も驚いていた。おそらく半分諦めの気持ちがあったのだろう。
「今回だけですよ。」
館長は少し厳しめに言った後、
「本は大事にしてくれる人の手元にあったほうが良いんですよ。」
といつものように柔らかい口調で言う。
「それでは遠山さん。手続きをしてください。」
「は、はい。」
館長は本を由美に渡しその場から去ろうとする。北澤の横を通った時、彼は深々と頭を下げた。
「じゃあカウンターで…」
由美は北澤をカウンターまで案内する。貸し出しカウンターの隅っこのパソコンが空いていたので由美はそこに座る。北澤はカウンター越しの椅子に座った。
パソコンに本に貼り付けられていたコードを入力する。その間二人は黙ったままだった。何回かキーボードを叩いた後、由美は北澤の前に本を差し出した。
「じゃあ登録が終わりましたんでどうぞ。」
「ありがとうございます。」
北澤は待ちきれない様子で数ページめくった。
「そんなに欲しかったんですか?」
図書館の館内で何人も本を読んでいる人を見てきたがここまでは見たことがない。
「これ、ずっと探してたんですよ。」
北澤は由美の顔を見ずに言う。夢中でページをめくっている。
「そうなんですか…」
男の人って不思議だなと心の中で思っていた。好きなことにここまで夢中になれるんだと感心さえする。
「本当に…ありがとうございました。」
北澤はパタンと本を閉じ立ち上がった。
「い、いえ…」
北澤は軽く頭を下げ、その場から去った。少し早足のように見えた。
『不思議な人…』
由美もカウンターから立ち上がり自分の仕事に戻った。
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