図書館で会いましょう
「病院に行って言われたのは余命がもう一月もないということでした。前々から妻は知っていたそうなんです…」

北澤はベットで眠る妻の横にいた。薬のおかげか穏やかに眠っている。まるでもう目を覚まさないような錯覚を感じるほどだった。
やがて妻は目を開けた。
「お前…」
「…あなた…」
「…何で言わなかった…」
「ごめんね…あなたの生き生きとした姿を見てたら言っちゃいけないって思ってしまって…」
北澤は妻の言葉に自分が妻の気持ちに気付けなかった自分を恥じた。初めて妻の前で大粒の涙を流した。
それから仕事を全部キャンセルし、北澤は毎日病院へ通った。日に日にやせていく妻を見て、北澤は自分の罪を感じる。だが、妻は気負わせまいといつもの素振りを見せていた。
妻が倒れて一月近くが経った。
「ねぇ…あなた。」
「ん?」
妻は窓の外を、空を見つめていた。そしてこちらを向き、
「カメラ、持ってない?」
「車の中にあるけど?」
「私を撮って。」
優しいが強い口調だった。それが何を意味しているのか、北澤は分かっていた。
「分かった。取ってくるよ。」
北澤は車からカメラを持ってくる。病室に戻ると長い黒髪を櫛でといていた。その黒髪は今までと変わらず美しい光沢を携えている。
「化粧してもらうか?」
「いいよ。」
「何で?」
「あなた、私のこと素っぴんのほうがいいって言ってたの忘れた?」
自信家の口調だ。昔、そんなこと言ったなと思わず吹き出してしまった。確かに妻の顔立ちははっきりしていて化粧をするともったいないと思っている。
「準備できた?」
「ちょっと待って。」
この一月カメラを触ってなく、またアシスタントもいないため少しもたついていた。
「よし。いいよ。」
カメラを向けると妻は背筋をすっと伸ばし微笑む。それは何か神々しさを感じるほどだった。
「ねえ。」
シャッターを押そうとした時に声をかけてきた。
「何?」
「一枚だけね。」
気迫さえ感じる。北澤は黙って頷く。シャッターを押すのにここまで緊張したのは初めてだった。
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