図書館で会いましょう
『カシャッ』
病室の中にシャッターを切る音が響く。北澤はファインダー越しで見つめていた妻を自分の目で見つめた。妻は北澤をじっと見つめ、優しく微笑んだ。
「ありがとう。」
妻が言う。
「え…」
「やっと…私を撮ってくれたね。ありがとう。」
考えてみれば妻をちゃんと撮ったのは初めてだった。
「ごめん…」
今まで自分はちゃんと妻を見ていたのだろうか。そんな罪悪感が込み上げてくる。妻は変わらず優しい微笑みを浮かべる。
「何を謝るの。私はお互いの大事な時に撮ってくれれば充分だと思ってたから。今、凄く幸せな気持ちよ。だから…ありがとう。」
その頬に一筋の涙が流れていた。

「その翌日に妻は逝きました。最後は満足そうな笑顔で。」
北澤は遠くを見つめながら呟く。
「それから僕は人を作品として撮ることができなくなりました。何か…何もかもが嘘に見えて。この写真に勝ることができなくて。」
「でもこの前、館長を…」
「あれは『作品』ではないですから。一人の人間を『作品』として撮ったのはこれが最後です。」
北澤は写真立てのガラスを撫でる。
「奥様は最後、何て…?」
「『幸せになってね』と…ん?」
北澤が由美の顔を見つめる。由美は自分でも知らない間に涙を流していた。
「えっ…?あれ?」
由美も自分の涙に気付く。何故、涙が出ていたのか自分でも分からない。
「どうしたんだろ?私…ごめんなさい。」
「大丈夫ですか?」
動揺する由美を諌める。由美は涙の訳を何となく気付いた。
「奥様…多分、凄く幸せだったんじゃないんですかね。」
「え…」
「だって…自分の好きな人が成功していくところが見れて、なおかつ自分を撮ってくれた上に最後まで見てくれて…だから満足そうな顔だったんじゃないんでしょうか…」
由美の言葉を聞いた北澤はいきなり由美を抱きしめた。
「えっ…」
いきなりのことで状況がつかめない。だが嫌な気持ちではなかった。
「ありがとう…」
耳元で北澤が呟く。たぶん、北澤は今泣いているのだろう。由美はそっと受け止めた。
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